贔屓

Uncategorized 8月 9, 2020

贔屓の引き倒しとはよく言ったものです。贔屓目で物事を見ると、つい歪んでしまうということがあります。だれでも経験したことがあるのではないでしょうか。

贔屓の背景にはその対象への愛情や好感があります。それも一方的な感情や気持ちがあるような気がします。

プロ野球を例にとってみましょう。熱狂的なファンが多い阪神のケースが分かりやすいと思います。

毎年、開幕前に阪神ファンは盛り上がります。今年こそ補強も上手くいき、上位はもちろん優勝を狙えると期待は高まります。ほかの球団でも大なり小なりファンの気持ちはほぼ同じです。

でも阪神は人気球団なのでファンの期待は生半可なものではありません。特に補強した外国人選手に対する期待は熱いものがあります。

キャンプ中のフリーバッティングで柵越えのホームラン性の当たりを何発打ったかということで大盛り上がりです。よく言われる「バースの再来」という言葉が飛び交います。

ファンの気持ちをさらに高ぶらせるようにスポーツ紙が大きな見出しで「バースの再来」を訴えてきます。過去に外国人選手の大活躍があったという大きな成功体験があるので、誰でも夢よもう一度という気持ちになるのはやむを得ないかもしれません。

外から見ると、まだ開幕もしていない外国人選手にこんな期待をかけなくてもと思ってしまいます。当の選手に余計なプレッシャーをかけてしまうし、持ち上げるなら公式戦で活躍してからでも遅くないのにと思ってしまいます。外国人選手がちょっと気の毒なような気がします。

やはり贔屓というのは一方的な要素が強い感情に思えます。

贔屓は家庭でも学校でも職場でも見受けられる光景です。親から子供、先生から生徒、上司から部下へと。一方的にでも愛情や好意を持たれた子供や生徒や部下はそれなりに居心地が良い気持ちで生活を送ることができます。

他人から愛情や好意を持たれることは悪いことではありませんが、自分を見失う可能性もあります。

行動の基準が常に「他者からの承認」になってしまう危険性があるからです。人間は他者からの承認を求めると際限がなくなってしまいます。これで大丈夫という満足感が得らないからです。

一方で「自分に対する承認」ができる人は満足感が高い人生を送ることができます。自己承認は贔屓からは決して得られないということです。贔屓されて成功し幸せを感じている人もその落とし穴に気を付けた方が良いと思います。

投稿者: e-goodheart

心の健康を第一に考えて経営コンサルタントとコーチングの活動をしています。 職場や学校での人間関係を変えたい人、自分の将来に不安がある人、老後の生活を豊かにしたい人らに役立つ情報を提供していきます。

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