ゴマをすったり、すられたりした経験は誰にでもあるのではないでしょうか。職場ではよく見かける風景ですよね。そこには物理的あるいは精神的な上下関係が必ずあります。
ゴマをする側から観ていきましょう。職場を例にとると分かりやすいでしょう。ほとんどのケースは部下が上司に対してゴマをすります。相手が権力を持ち、自分の生殺与奪権を持っているとしたら、多少人づきあいが苦手な人でもゴマをするでしょう。
理由は簡単です。自分の得になるからです。自分が嫌われないで済む、好意を持ってもらえれば処遇される可能性もあるからです。今は上司が部下にゴマをする場合もあります。仕事はできるがちょっと厄介な部下がいる場合、上司は自分の管理能力が疑われないように部下にゴマをすって事を荒立てないようにするなんてこともおきます。
いずれにしても自分の保身が一番であることには変わりありません。ゴマをする相手への尊敬や信頼などがあるかどうかはあまり関係ありません。そしてそれが常態化すると自分の心と行動の矛盾に気づき、心身の歪みにつながる場合もあります。
ゴマをすられる側を観てみましょう。部下からゴマをすられる上司はそれが本心ではないと知りつつも悪い気分はしません。自分の言うことを何でも受け入れてくれて、しかも自分の権力を皆に見せつけることができるのですから。
長い年月、毎日そんな生活を送っているとそれが普通だと思ってしまうところが人間の困ったところです。ゴマをすられていることさえ忘れてしまい、自分は尊敬されている信頼されていると錯覚してしまうのです。
すべての人間関係が上下関係でしか見れなくなってしまいます。横の関係とか一人の人間として社会に向き合うなどという発想は生まれなくなります。
特に組織のトップに立った人間の引き際は難しいものがあります。長年ゴマスリに慣れきってしまった人にとっては地位を失うことが本当に怖ろしいと感じるでしょう。
何故なら誰も心から自分を尊敬したり、好意を持っていてくれた訳ではないからです。そのことを一番知っているのは本人ではないでしょうか。
ゴマをすったり、すられたり。人間関係の潤滑油として機能しているくらいならさほど問題ないかもしれません。でも、いずれの場合でも慣れきってしまったら失う方が多いかもしれません。
短期的には良くても長期的には割が合わないなんて事にならないように注意したいものです。