月: 2020年6月

こだわり

「こだわり」は良いか悪いかの問題ではありません。受け入れられるか受け入れられないかの問題です。

こだわりを持っている人は何となく真面目に物事に取り組んでいる印象があります。逆にこだわりがない人は大雑把でいい加減だというイメージを持たれています。

確かにこだわりを持つことによって大きな成功をつかむことがあります。自分の感性と技術を信じ、こだわりを持って取り組んできたシリコンバレーのIT創業者はその良い例でしょう。

一方、インターネットの黎明期にハード中心のモノづくりにこだわっていた日本の技術者も多くいました。皆さん真面目で熱心な技術者だったと思います。でもそのこだわりは正しかったのでしょうか?残念ながら結果をみると、ハードよりソフトにこだわりを持ったシリコンバレーの方に軍配が上がりました。

こだわりはその時代に合ったもの、その時代に受け入れられたものが評価されると言っても良いでしょう。

コロナ禍でいま飲食店の在り方が問われています。長期間の休業を経て店を再開にこぎつけたオーナーや店長さんらは失った売り上げを何とか取り戻そうとして必死です。私たちもできるだけの応援をしたいところです。

そんな中で「今まで以上に味にこだわってお客さんを満足させたい」という声を聴きます。でも私はちょっと違和感を感じてしまいます。

いまお客さんが店に一番こだわってほしいのはコロナ対策ではないでしょうか?味にこだわりたいと真っ先に言われると押しつけのように感じられます。いつの時代でも安全と安心が無ければ外で食事などしないのは当然です。

お店には「安心しておいでください。そして美味しい食事を堪能してください」と言ってもらいたいものです。

こだわりもちょっとずれた方向に向かうと逆効果になってしまいます。ずれたこだわりは単なる「自信過剰」「思い上がり」「自己満足」になってしまうからです。そして周りの人には大きな迷惑となってしまうのです。

私はこだわりを持っているという人は今一度、自分に問いかけてみてください。本当にそのこだわりは望まれれているのだろうかと……。

慎重な人たち

何にでも慎重な人がいる。コロナ禍が日本でそれほど広がらなかったのは確かに日本人の慎重さが大きな要因だったと思います。

自粛が解除になって人出は以前に比べてだいぶ増えましたが、それでも第二波を警戒して自宅に籠っている人も多いようです。私の友人の社長さんは当分の間、週1回の出勤だそうです。秋までは基本的に在宅という外資系の社長さんもいます。経営者だから許されるのでしょう。

新しい生活様式で在宅ワークが広がることは基本的には望ましいことだと思います。通勤電車が満員になるような状況が復活しないことを願っていますが、もうすでに一部で満員電車での通勤を余儀なくされています。

それではウイズコロナの時代がしばらく続くとすると、ただ慎重な姿勢に徹していれば良いのでしょうか?経済を再ぶ軌道に乗せるためには私たちの活動を活発にしていかなければなりません。

日本人は差し迫った危機には敏感ですが、ちょっと先のもっと大きな危機には少し鈍感なような感じがします。将来起こるかもしれない災厄のことは考えたくないし、言葉にも出したくないのです。

慎重さが思考を停止させるようなことがあってはなりません。

困難に直面した時の対応策を考える時に初めから「これは難しい」「こんなことはできない」「今までやったことがない」と言ってあきらめるケースが良く見受けられます。またリスクをゼロにするまで納得しない人もいます。

ずっと一人で閉じこもって生きていくなら、そうした対応もありうるかもしれません。

私は新しいことにチャレンジする時に「まずはやってみる」という観点から考えます。その時に障害となると予測される「お金」「人数」「期間」「ノウハウ」などについて細かく分析していきます。その結果、無理と分かったら中止するし、お金や規模や期間を柔軟に変えられるならそれに合わせてスタートすることを決定します。

リスクは最小限にすることはできても全くゼロにすることは不可能です。しかし、私たちはリスクを最小限にしながらも前進していかなければ真の問題解決に至りません。何かを得るためにはリスクを冒さなければならないのです。

何かを守る時には慎重さが役に立ちます。反対に何かを得るために攻める時にはリスクを冒す勇気が必要です。

私たちはいつの時代でも攻めと守りのバランスを上手く取りながら生きていかなけばならないのです。

どちらかに偏っている人には必ずひずみが生じます。自分のひずみに気づいたら、心のリフレッシュに取り組んでみましょう。